悪餓鬼日記帖:なにぃ、文句あっか! |
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2010.08.31
23日に書いた子会社合併の件、経理から方針が出た。
9月以降に決算になるジョブ番号は、番号を変換して伝票の作り直しとなった。但し9月末までに原価計上されるものは現状のままである。
この条件で行くと数十枚の伝票の書き直しが出そうだ。近日中に正式な案内が出るはずだから、それを元に上流側に申し入れをする予定。愚痴が出ることは必死だが、合併は今更中止できないから、諦めてもらうしかない。
2010.08.30
昨日書き忘れたが、週末にルーターがフリーズしていて、それを土曜の朝まで知らずにいたため、サーバーを使っている友人からメールが入った。なるほどメイン機から入れない。
超安物ルーターのせいか、数ヶ月に1度くらいフリーズする。もちろん毎回再起動で解決するが、今回は何故かDHCPの割当まで狂ってしまい、サーバーへのポートフォワードIPの再設定、ルーターの再起動、サーバーの再起動を繰り返すことになった。
こういうとき、慌てていると何度も再起動になるので冷や汗をかく。
そろそろルーターの買い替え時かもしれない。
2010.08.29
何故か週の後半は公私共にドタバタで、疲れて早く寝たので日記は書かずじまい。良く見たら4日間穴を開けていた。
相変わらずの猛暑でへとへと。セミの声が止み、夜中も少し気温が下がった気はするが、日中は相変わらず。
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さて、民主党の代表選挙で小沢前幹事長が立候補表明したが、ある私の知り合いは「世界の恥」と斬って捨てた。
さもありなん、角栄、金丸の下で育った金権政治は相変わらずだし、自民党との大連立を画策するなどの寝技も平気でやれる体質である。
しかも今回もし民主党代表かつ首相になったとしても、10月に開かれる予定の検察審査会が「起訴!」と言えば、現役首相が起訴されるという前代未聞の事態が起きる。まさに「世界の恥」である。
こんなリスクを抱える人物を担ぎ出す、鳩山前首相を始めとする連中の神経はどうなっているのだろう。
菅首相がベストだというつもりはないが、少なくとも消去法では小沢氏は出馬する資格を持たないと思う。
2010.08.24
今日は今日とてろくでもない話。
ある部署で、倉庫から物品を出庫した時の出庫伝票が約2か月分紛失していることがわかった。4月の組織再編で事務所内を移動した時に捨てたのかも知れないが、分厚いバインダー数冊にはなる約500枚の伝票。関係者が必死で探したが見つからず、私に助けを求めてきたのである。
出庫伝票は品物が倉庫からなくなれば再発行は出来ないのが原則。それを再出力してほしいという要求には唖然とする。しかも出庫伝票は各種の監査で提出を求められる可能性がある、重要な書類である。それを大量に紛失とあっては管理者の責任問題に発展しかねない。
しかし出ないものは出ない・・・・
と冷たくあしらうところだったが、実はこういう事態に備えて数年前に「のぞみシステム」に再発行の仕掛けを裏で作っていたのである。これは情シスと組んで密かに開発したもので、公表はしていなかった。だが、事が事だけに困っている相手を足蹴にすることはできない。結局使い方を知っている私が500枚の伝票の出力指示を打ち込む(実際はExcelからのコピー&ペースト)ことになった。
嗚呼・・・・・・・・(T_T) (T_T) (T_T)
2010.08.23
そろそろ月末締切の準備に取り掛かったが、ふと大事な話が放置されているのに気付いた。
実は10月1日に子会社を吸収合併するが、その場合の経過処置をどうするのかが経理でも決まっていないのである。
それで現在残っている原価の一覧を作って経理に突きつけた。
困るのはこんなケース。現在は子会社との間は別の会社としての「注文」契約である。だが合併後は同じ会社だから「経費の付回し」になる。ところがもし納期が遅れることになって、合併後に検収すると、システムが???状態に陥るのである。
よって9月末で注文の打ち切りとかの色分けをせねばならない。そのあたりの色分け、処理手順を事前に決めておかないと大変なことになる。
いずれにせよ子会社との契約では「未計上」は発生してはならないのだが、私が指摘するまで経理では何も考えていなかったのである。
9月末の決算に頭痛の種が一つ増えた。
2010.08.22
息子の体調がもうひとつ。
嘔吐を繰り返すので今月初めに医者に診てもらったら、肝炎(GOT、GPTが3桁)と尿酸値が高いのが見つかった。原因ははっきりせず、しかも今もって連日の軽い吐き気があるという。
熱中症も考えられるが、窓は開けっ放しだから可能性は薄く、やはり肝臓が問題なのだろう。
今週末にまた通院するが、改善方法が見つからなければ入院してさらなる精密検査と治療が行われる。
厄介な話だ。
2010.08.20
盆を過ぎてからさらに暑くなるという、この夏のえげつなさには閉口する。
連日最高気温が35度を超える毎日で、熱中症で亡くなる人が増えている。若者でも犠牲者が出ているが、やはりその多くは老人。体温調節がききにくくなっているので、知らぬ間に衰弱してしまうようだ。しかも独居が多いから、誰も気付かないうちに命を落とすことになる。
実は私もこの2日間は食後も頭がボーッとした感じで、日記も書かずに早めに就寝してしまった。
部屋の中も日が暮れたというのにいつまでも熱気が残っている。キッチンが特にひどい。
それで熱源を調べてみたら、冷蔵庫が異常なくらい熱い。内部を一定の温度に保つため、必死になってラジエーターから熱を放出しているのである。
考えたら、私自身も会社帰りに猛暑の中を20数分歩く。途中自販機で飲料水を補給しながらだが、ふらつくような感じがすることがある。冷房の効いた電車に乗ると回復するが、年齢的に限界かもしれない。
2010.08.17
今日もまた何故かサポートで大忙し。
その1:
下請データベースで、ある会社の担当者から子会社のデータが見えないとしつこく言うので調べたら会社コードが違う。ということは子会社であろうとなかろうと別会社であることは間違いないのだから他社の情報は見えてはいけないのである。
しかし相手は不満そうだったので、子会社でのIDとパスワードを持っている担当者の名前を教えた。後は両社で協議すべし、である。
その2:
人事異動で転出した若者にユーザープロファイルを圧縮したDVDを渡したのだが、転出先では解凍に失敗するという。どうやらディレクトリの階層が深すぎのようだ。まあ圧縮なしで2.5GB、そのうちE-Mailが1.8GBもあるのだが、そもそも不要なファイルを捨てずに溜め込んでいることが問題。明日は小言を一発かますことになるだろう。
2010.08.16
盆休み明けの最初の出勤日、「宿題」が沢山流れるかと思ったが、大したことはなし。
むしろE-Mailでとんでもないことが起こっていた。
休み中に十数通のウィルス入りメールが届いたのが、駆除(実際は「隔離」)の時に厄介なことが起こったのである。メールソフトは既に販売中止、サポートも切れたWinbiffなのだが、ウィルスに感染したメール本文を「ウィルスバスター」が横取りしたために、Winbiffではヘッダー部のみが受信一覧に残り、感染メールをTrashフォルダに移すことができなくなったのである。しかもWinbiffを起動するたびに「メールが開けません」というエラーが出てしまう。
色々やってみたがエラーが解消しないので、遂にOutlookExpressに乗り換えることを決断。保存してあるすべての送受信メールをeml形式に変換してOEに移した。これで約半日は丸つぶれ。
本当はOE以外、例えばThunderbirdにしても良かったが、自宅で使い慣れているOEにする方が手っ取り早いので、泣く泣くそうした。
それにしてもOEには腹が立つ。デフォルト設定のままでは使いづらいシロモノである。わけても送信はHTML、「受信確認を要求する」が標準とは、何を考えているのかと思ってしまう。
2010.08.15
今年は戦争犠牲者数という観点から書いてみたい。
厚生労働省の統計によれば、太平洋戦争による日本人の犠牲者数は軍人・軍属が230万人、民間人が80万人、計310万人とされている。アジア全体では統計がまちまちであるが、約2000万人と考えていいだろう。特に中国では1000万人は超えると見られている。
さて日本人の犠牲者だが、軍人に軍人恩給、その遺族には遺族年金が他の年金との併給がなされている。しかし民間人はどうか。
広島・長崎の認定被爆者を除けば、50万人が死んだとされる空襲による犠牲者にはまったく何もない。ないどころか政府としての調査すらやっていないのである。
そうでなくても被爆者の範疇をできるだけ狭くという政府の方針が怒りを買い、被爆者は次々と訴訟を起こして認定条件の緩和を求めてきた。裁判は政府が連戦連敗し、条件緩和で和解せざるを得ないところに追い込まれてきた。ここには戦争犠牲者に対して政府がいかに後ろ向きの姿勢をとってきたかを如実に物語るものである。
そういう政府の態度について、空襲の犠牲者も色々運動を続けてきたが、今年になって全国組織を作り、政府に犠牲者の統計作りと補償を求めることになった。
戦争の犠牲者というのは軍人以外に民間人も犠牲になるのが当たり前で、そのことも含めて政府としての責任が問われる。しかし歴代の政府・与党は「国のために戦った」人間(軍人)以外は補償の範囲から外すことを基本姿勢にしているのである。
近代の戦争は民間人の動員、すなわち「国家総動員」なしにはやれない。その結果今でも誤爆を含めてあらゆる戦争に民間の犠牲者は必ず出るものである。だからこそ反戦平和が叫ばれるのである。さらに核兵器では圧倒的に民間の犠牲の比率が高くなる。加えて核汚染も残る。
8月15日は戦争を終結させる日であると同時に、戦争犠牲者が増えることをストップする日でもある。
2010.08.14
台風が通過して少しは涼しくなるかと思ったが、逆に蒸し暑さが増した。気温はわずかに下がり、雲もやや多目なのだが、南から湿った空気が流れ込んだために、湿度が90%くらいにまで上昇したのである。
これでは汗が出ても引かずに、べったりと肌にへばりつく。これでは季節の逆戻りではないか。
2010.08.13:
今日は何の日?みたいな話が続くが、8月13日はベルリンの壁が作られた日である。
1961年8月13日に突如作られた、西ベルリンを包囲する「壁」は有刺鉄線だった。だから敷設するのに24時間もかからなかった。
それがコンクリート製に取り替えられ、完成したのが1975年。総延長155kmである。
ベルリンの壁についての細かい記述はWikipediaや拙「シベリア横断9300キロ」に譲るが、壁を作るのは支配者にとって人々の自由な往来が邪魔になるとき、ということだけははっきりしている。例えばイスラエルがヨルダン川西岸地区に無理矢理ユダヤ人入植地を作り、そこを「テロリストから守る」という口実で作った壁はその典型である。本音はもちろん元からいたパレスチナ人の往来に対する締め出しである。だからこそ2004年に国際司法裁判所はイスラエルが作った壁に国際法違反との勧告を出した。
犯罪や不法移民、国内経済を乱すような取引が行われない限り、国境とか壁は必要ない。というか私が体験したEU域内における国境などというものは、土地の上に線が引いてあるわけでもなく、極めて観念的なものである。
国際的な紛争が地球上からなくなったとき、国境を示す地図上の記号すら消えるかもしれない。
2010.08.12:
日航ジャンボ機墜落から25年。小説「沈まぬ太陽」で描かれた衝撃的光景は忘れられない。特に、一人分の遺体が実は二人のものだったあたりの描写は胸が裂かれる気分だった。
航空事故調査委員会(現:運輸安全委員会)の事故調査報告書に添付されているボイスレコーダーの記録も見たことがあるが、事故の実態すら把握できなかったコックピットの乗務員はさぞ無念だっただろう。その雰囲気が伝わると同時に、航空史上最悪の520名の犠牲者を出すような事故は二度と出して欲しくない。
実は私の古くからの知人の弟がパイロットで、副操縦士時代に事故を起こしたことがある。原因は離陸しかかった時の突如の機体の異常で、離陸を断念し、ブレーキをかけたが条件悪く滑走路をオーバーランして機体が中破したものである。
もちろん運輸安全委員会のホームページで公開されている事故調査報告書も読ませてもらった。
これで思ったのは交通事故の原因のずさんな調査。
そもそも警察の視点は「事故はすべて起こした人間の不注意」という極めて偏見に満ちたもの。本当に詳しい原因を追究するなら、航空機のフライトレコーダーのように、エンジンの回転数、車輪の回転数、ハンドル位置などを記録した装置が必要だ。そうでないと年間1万人近くにもなる交通事故死を激減させることは出来ない。
2010.08.11:
台風4号の影響からか、空に雲は多いものの、生ぬるい風が吹いていた。
それにしても8月中旬で、上陸もしない台風「4号」とは・・・
素人には理解できないが、温暖化と言いながらも台風の発生数が少ないのは何故だろう?
2010.08.10:
韓国「併合」から100年になるのを機に、妙な「首相談話」を出した。
ここには日本が朝鮮半島を植民地化したこと、またアジアに侵略したことに対する心からの反省を今まで放置してきたことの反映がある。
部分的には菅首相にすべての責任を押し付けるのは無理があるが、「二度と朝鮮半島を植民地にするようなことはしない、アジアに対する侵略戦争は間違いであった」と明確に言わない限り、問題はいつまでも残る。
自民党から「戦後補償の問題は終わったから、余計なことは言うな」という「批判」が出ているが、反省がない勢力からの発言は空しく聞こえる。
今からでも遅くはない。反省と補償をきちんとやって、戦争の清算をやらない限り、戦後は終わらない。
2010.08.09:
6日の広島に続いて、今日は長崎の原爆記念日。今回は核保有国のイギリス、フランスが広島に続いて参加したが、アメリカは「スケジュールの都合が付かない」との口実で不参加。「原爆が戦争終結を早め、戦死者が増えることを防いだ」とする虚偽の事実でアメリカ国民を洗脳してきた過去の政府・軍に「配慮」をした結果でもある。
今回の田上長崎市長の演説では、「非核3原則」の法制化を訴えたが、菅首相は相変わらずの「核抑止論」に固執した。これで彼の核兵器廃絶反対の姿勢が明確になった。
彼にとって、日本人にとっての1945年8月6日8時15分と、同年8月9日11時2分はどうでもよいのである。
2010.08.08:
よく考えたら今年は本州直撃の台風がひとつも来ていない。太平洋高気圧の勢いが強いせいだろうか。
そんなことを書き始めたら、沖縄の南にある熱帯性低気圧が台風に変わる見込みだという。
ちょうど盆を迎える時期と重なるので、台風が過ぎればこの暑さも一段落となるだろう。
高校野球も始まって、子供たちの夏休みも後半になる。
2010.08.07:
暦の上では立秋と言われても、実感はなにもない。
こじ付けで言うならば、午前中雲が多かったことから汗が噴出すようなことはなかった、とだけ書いておこう。
今夜は友人との飲み会。私は「宴会部長」としての役割を仰せつかった。
珍しいことに声をかけたメンバーは全員参加。大抵は一人くらい欠席があるものだが、年代的に子育ても終わって、里帰りとか家族旅行も少なくなったせいなのだろう。
でも世間一般は盆休みの最盛期。既に昨日から通勤電車の乗客は明らかに減っている。
私も先月に続いての9連休。息子はどこにも行きたくないと言うが、それなら私はあてのない一泊旅行にでも出るか(笑)
2010.08.06:
今年の8月6日は注目される点があった。
まず、アメリカが駐日大使を代表として広島に送り込んだこと。歴代政権はこれまでずっと招待を拒否してきただけに、オバマ・イニシアティブで核廃絶への道を進めようという行動に切り替わったことがはっきりした。
まだ自国の核兵器を保有したままだし、広島・長崎に核爆弾を投下したことへの直接的反省の言葉はないが、核兵器のない世界を目指すという姿勢は見せたのである。
また、国連の潘基文(パンギムン)事務総長も参列し、国際的な核廃絶の流れを象徴するものとなった。
加えて秋葉広島市長は「核の傘」論の克服を訴えている。
ところが、世界で唯一の被爆国の菅首相は。相変わらず「核抑止論」に固執した。これこそ世界の恥さらしである。
核廃絶に逆行するとともに、6カ国協議に北朝鮮が戻ることを拒否する口実を与えかねない発言である。
普天間基地問題を始め、いつもはアメリカべったりの姿勢が、核廃絶の話だけは逆らう。この異常さに菅首相は気付いているのだろうか?
2010.08.05:
自宅の風呂釜が瀕死状態でいつダウンしてもおかしくないことから、今日新しい給湯器タイプと取り替えた。取替えの決断と費用負担はもちろん家主。これまで何度も修理対応してきたが、新品にしたほうが安いとの結論に達したのである。
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子供の虐待死、高齢者の所在不明と、日本社会の影の部分が一気に噴出してきた気がする。
主な原因は、行政の手の行き届いたサービスの欠落もあるが、近所づきあいの希薄さがますますひどくなっていることもある。要するに隣近所の動静や家族構成すらわからなくなっているのである。
私の場合でもこうだ。
ひとつはうちの賃貸マンションの人の出入りが激しいために、何号室にどんな人が住んでいるかも判らない。私自身も、下の階には若い夫婦と子供がひとりがいることがわかっているだけで、姓すら知らない。
しかも、町内会からは県と市の広報誌が郵便受けに入っているだけで、5年経っても会費の徴収にすら来ない。たぶん来るたびに顔が変わるので諦めているのだろう。
しかし誰かが死んでいてもわからないというのはどう考えても変だ。逆に問題のあった家庭では誰に相談すればいいかわからないということが生じている。
阪神大震災のとき、田舎では誰がどの部屋で寝ているかも知っていたのですぐに救出できたという。どこまでプライバシーを守るかという線引は難しいところがあるが、犯罪歴以外はすべてオープンしても構わないというのが私の持論である。
という私自身も今の賃貸マンションからいつ引っ越すかはっきりしない、つまり離婚するかどうかが確定しなかったために、表札すら書かなかった。しかしここ当分はどこかへ移る予定もないので、表札を堂々と掲げることにする。
2010.08.03:
7月データの整理と集計で半日をつぶし、その後は人事異動に伴う各種アプリのID・PWの追加削除申請でドタバタ。
他にも、サポート切れになったWindows2000をXPに更改する作業に伴い、「のぞみシステム」の端末設定のやり直しが1台、職場のXP
SP2をSP3にする作業が4台残っている。
そろそろ「新のぞみシステム」のスタートに備えた動きもせねばならないし、飛込みで「こんなデータを作ってくれ」との時にはある。職場のシスアドはやはり「よろずや」である。
2010.08.01:
この週末は2日とも友人HPの話で忙しかった。いよいよ携帯サイトを立ち上げたからである。
やはり携帯サイトは難しい。PC用からほとんどの画像を取り除き、説明にも少し手を加える必要がある。
それとMETAタグに気をつけることもある。このあたりは他のサイトからパクるしかなかった。
体からにじみ出る汗を拭きながらキーボードを叩く作業は、いつもと違ってスピードが遅くなる。
明日の冷房の効いた事務所が待ち遠しい。