悪餓鬼日記帖:なにぃ、文句あっか!

99.09


1999.09.30:

決算処理の電算I/Pが一段落してほっとした。
しかしこれからがまたややこしくなりそうだ。力仕事は終わったが、次は経理との神経戦である。何しろ後ろに鬼のような(?)税理士がいるらしい。最近になってこんなことがわかった。
普通どこの会社でもそうだが、決算後は原則として終わった仕事についての出費は認めない。しかし、例外として補償工事などでどうしても決算後に必要な費用の枠取りをすることがある。但しこれは税務署から利益隠しとみなされる恐れがあるので当然申請は厳密に審査され、決算と同時にその証拠書類を提出する。
で、前の部署では決算時に書類を提出したらよほどの金額でない限り再び経理とか税理士の検査を受けることはなかった。だからと言って証拠書類は必要でないということではない(使途不明金ではないことを立証するため)。これは決算前でも同じで、証拠書類は経理あるいは各部署で保管し、別途発生した原価の一覧表が日報・月報で電算からアウトプットされるというのが通常の仕組みである。
ところがここの経理は、何と決算後の出費については例え1円だろうと全部理由書と証拠書類を再度提出させるのである。「税理士が要求するので」ということらしいが、単に経理がビビッているとしか思えない。そうでなければ税理士はよっぽど暇なのだろう。私も以前に何枚か書かされた。

9月も終わりというのに私はまだ半袖姿である。気温は平年より5℃くらい高いらしい。やはり温暖化のせいか。

1999.09.29:

陸蒸気組のアプリを自分で操作したわけではないので、細かいことまでは知らないが、新幹線組との違いを聞くと何となく見えてくる。一番驚いたのが資材から経理へデータを流す月末処理で、バッチの操作は夜間にタイマー処理するのではなく、情シスへ伝票を書いて手動でやってもらうという。それも月末の夕方5時頃らしい。
それから、データの追加・変更・削除もスムースにいかない。早い話、変更を加えようとするには仕事が進捗したというフラグを一度全部クリアして最初からやり直しの操作となる。
恐らくプログラムの全貌を知ったら泡を吹いて倒れるかも知れない。

さて、「お上の命令は絶対」という例が今日も2件あった。こちらは決算で忙しい。それを知ってか知らずか、さる部署から「明日までに××の資料を作ってくれ」と平然と言ってくる。忙しくて手が回らないから日を延ばしてくれと言っても聞かない。どこかで妥協点を探ろうとしても、「上から言ってきてる」の一点張りで、話が全く噛み合わない。ホント、こんなコマッタさん達、何とかしてくれ〜。

1999.09.28:

昨日の謎が解けた。上司を通じて探りを入れたらこういうことだった。まず増設ということはわかったので情シスに話をつけに行った。ところが、逆に機種とかを具体的に聞かれて答えに窮したまま立ち往生していたらしい。言わんこっちゃない、自分が答えられないなら聞けばいいものを放置するからだ。私から具体的な機種を連絡したら早速情シスから細かい問い合わせがきた。たったの5分で解決である
それとまた奇怪な話を聞いた。先日も書いたように陸蒸気組と新幹線組の2つの生産システムが動いているのだが、陸蒸気組のシステムの説明を聞いていて驚いた。開発は約5年前のこと、さる部内にホスト機とは別の小さなサーバーを置いて、小規模LANを組んだ。繋がっている子機はすべてIBMのDOSマシンである(その頃私はWindows3.1だった)。経理に関係するデータは全社統一のためサーバーからホスト機へ送られていた。誰が開発したのかは知らないが、DOSで動く(当たり前)カスタムアプリだ。説明してくれた人間曰く「当時としては最新」のシステムだったらしい。(Windowsの時代にDOSかよ〜)ついでに言えば、ここの工場全体にはDOSマシンがごろごろしている。無論2000年問題には対応できない。
さて、影の声によるとこのカスタムアプリはちゃんとしたSEが開発したものではなく、私みたいな素人に毛の生えたような人が作ったらしい。どんな「素晴らしい」アプリかは、また明日。

1999.09.27:

移転後のトラブルというか、陸蒸気に乗っている人達との食い違いをまた経験することになった。
新事務所に大挙して押しかけた連中の内、私だけは仕事の関係で机を別の場所へ移動してくれと言われていた。しかしながら、そうなるためにはどうしてもPC環境が整わないと仕事にならないので、必要な機器を準備してくれと移転前から言っていたのに、何もしてくれない。挙句に「10月1日から来てくれ」と言い出す始末。
「前から言ってるでしょう」と押し返しても、何を言われてるのか理解できないでポカンとしている。「プリンター2台とホスト接続端末がなけりゃ仕事になりません」と再びリクエスト。それと質が悪いのは「それじゃ何が必要か具体的に教えて」と聞き返さないし、相談にも来ないことである。来て欲しいというならそっちから積極的に動いて必要な手続きをとらんかいっ!
こんな調子だから、もともと移動に乗る気がしなかったのに、さらに嫌気がさしている。ホントにここの人達はルールとかハンコには口やかましいくせに自分からは動こうとしない。前途多難である。

1999.09.26:

昨日の焼けるような暑さから一変して、今日は朝から涼しい1日となった。急に涼しくなると、半袖姿は少し寒く感じる。随分と勝手なものだ。
明日から仕事は決算がらみが中心となる。暑い夏とは逆に冷え切った景気で、上期も赤字らしい。景気の夏はいつ来るのだろうか?

1999.09.25:

今日は子供の小学校の運動会。台風一過、炎天下に日焼けしながら観戦した。
私はカメラもビデオもなしで(ビデオは持っていない)、子供達の姿を眺めていた。幼稚園の時に一度だけ銀塩カメラを持っていったことがあったが、ヨメハンが「何写してんの?」と言うほど、子供達が走り回る色んなシーンをフィルム3本に収めたきりである。どうも自分の子供だけを追い掛け回すような真似は好きになれない。
ところで運動会で一つだけズッコケシーンがあった。それは5年生のリレーでアンカーの男の子が観客席に向かって両手を上げながら走り抜けたことだった。観客はドッと湧いた。1位ではないものの、2位が殆ど確定していたのではしゃぎたかったらしい。
このごろの子供は走りが下手である。明らかに運動不足のせいである。でも、ここの団地の子供はまだましかも知れない。プログラムの最初と最後にある挨拶で整列している間、誰も倒れる子供はいなかった。

1999.09.24:

外国語アラカルト・10
ヨーロッパに行くと同じ地名の綴りや読みが言語によって異なる事がある。例えばスイスのGeneve(ジュネーブ)は元々フランス語読みで、英語ではジュネーヴァ(Geneva)、ドイツ語ではゲンフ(Genf)である。国名のフランス(France)は英仏同じだが、ドイツ語ではフランクライヒ(Frankreich)と呼ぶ。これは「フランク王国」、すなわちゲルマン民族大移動の時代の国名をそのまま使っているのである。
ところで人名でも同じことが起こる。
英語の名前でマイケル(Michael)というごくありふれた名前がある。聖書に出てくる天使軍団の最高指揮官、大天使ミカエル(Michael)を意味するのだが、「ミカエル」という呼び方はラテン語読みで、国によって読み方が変わる。
フランスではミッシエル(Michelle)、ドイツではミヒャエル(Michael)、イタリア語ではミケロ(Michelo)と、実にややこしい。
私がこういうことを気にするようになったのは、ヨーロッパ内で航空券を買う時に国によって空港名の表示が違う事に気付いたのと、観光バスに乗ってガイドの説明を聞く時に言語によって呼び方が違う(ガイドは普通3〜4カ国語を喋る)ことを知ってからである。それと名所案内などになると、歴史とかキリスト教の話が混じるので、人名や地名の知識がないとまったく理解できなくなる。本当はラテン語を学ぶといいのだが、私の実力では如何ともし難い。
ご存知の人も多いと思うが、「オーデコロン」(Eau de Cologne)とはフランス語で「ケルンの水」のことである。「ケルン」とはもちろん大聖堂で有名なドイツの大都市を指す。ドイツ語では当然同じ意味の「ケルニッシュ・ヴァッサー」(Koelnisch Wasser)と言う。

1999.09.23:

もう秋分の日だというのに日中は30℃を超える暑さだ。
子供を連れて外出したが、あまりの日差しに建物の外に出る気がしない。帰りにはアイスクリームを買うことになった。9月の終わりにアイスクリームを食べたなどという記憶はちょっとない。
明日から明後日にかけて台風も来るようだ。いやはやケッタイな秋である。

1999.09.22:

9月6日に書いた図面焼付の遅かった理由がわかった。
担当のオジサンが怪我をして休んでいたのだが、同僚も上司も20日近く何らリカバーせずほったらかしになっていたのだった。その間、いくらかの処理はされていたのだが、他人の仕事ということでろくに焼付も配布もせず、ひどいことに一部の原紙は失われていた。
出図管理と工程を担当していた男はカンカンに怒っていた。当然である。現場からは毎日「図面が遅い」と文句のつけられっぱなしだったから無理もない。
それでそのオジサンの上司が謝りに来て善処を約束したのだが、その時の言葉がまた開いた口が塞がらないものだった。応援の人員も増やさず、「徹夜してでも仕上げる」というのだ。自分の怠慢を他の部下の犠牲で尻拭いさせてどうしようというのだろう。無責任の極みである。
今の工場・事務所は20年以上もの間、こんな調子で仕事を続けているらしい。世間知らずと官僚主義で凝り固まった(敢えてそう言わせてもらう)ままに育つとこんなことになるのかと愕然とした。そんな典型を挙げると、

紙とハンコがないと一切動かない。上には絶対服従。言われた事しかできないし、しない(うっかり手を出すと押し付けられる)。無理なことの犠牲は下に、あるいは下請けに。

私自身も「上には絶対服従」で唖然とする事実を知った。細かいところは差し障りがあるので書けないが、要するに本社サイドからの指示に一部誤りがあったのだが、ここの人達は一言の文句も言わずそれに従ったのである。
私が異動になる前の去年の今頃の事、下請企業に対する契約条件の見直し(全体的には良くなる方向だった)が本社からあった。ところがその一部に違法ではないものの、世間の常識から考えて好ましくない改悪された条項があったので、私が前にいたところも含めていくつかの部署からクレームが付いた。これに対して本社サイドはのらくら逃げるばかりで誤りを認めなかったので、業を煮やしたこちら側は「当社の要求には合理性がない」とした最後通牒を突き付けて改悪された部分は従前通りの条件で押し切ったのである。
この話を異動後にしたら、ここの連中は「そんなことは及びもつかない」という顔をした。「本社からの指示」という印篭の前に、「世間の常識」は隅っこに追いやられたのである。

1999.09.21:

外国語アラカルト・9
禁句について。
ドイツで(広い意味ではヨーロッパで)使ってはいけない言葉に「世界に冠たる」とか「第3帝国」とかがある。つまりナチスを想像させるような表現は御法度なのだ。ドイツでは毎年終戦の日になるとTVでも特集を組み、放送時間を延長してでも延々と反ナチの議論をやる。また大統領は必ず演説の中に戦争を反省する言葉を入れる。それほど彼等は周辺国に脅威を与えないよう気を遣っているのだ。歴代首相がすべて、未だ前の戦争を「侵略戦争」と言わないどこかの国とはえらい違いである。従ってこれらの禁句に対する思いは我々の想像を越える。
さる大手商社のドイツ駐在員が言っていたが、以前日本のある大企業の社長が「世界に冠たるドイツ」を連発するのでごまかして通訳するのに苦労したと嘆いていた。
さて、別の例だが、言葉を変に略すると大変な事になるという話を。
あるアメリカの会社に分析計の見積もりを頼んだのだが、設計から出てきた仕様書を郵送した後から見てびっくりした。表紙にある仕様書の番号が"XXX-ANAL-001"と書いてある。おいおい、何という言葉を・・・と思ったが、後の祭り。設計担当者はanalyzer(分析計)の略号のつもりだったらしいが、こりゃ何でもひどい。送った後なので注意だけしておいた。せめて"analys"くらいにして欲しかったなあ。
あ、"anal"の意味が分からない方は英和辞典を開いて下さい。ちょっとここでは書き辛いので・・・

1999.09.20:

9月も20日になろうというのに、まだまだ暑い日が続く。
今年の夏は暑いといっても、クーラーを一晩中つけっぱなしにすることもなく、空には高層雲が残っていた。その仇でも討つように、9月に入っても涼しかったのはほんの数日だった。気象の専門家に言わせると、天候も足りない分の帳尻を合わせるような傾向があるそうだ。
蝉の鳴き声も止み、秋の虫達が賑やかになってきたが、それでも日中は暑い日が続く。

1999.09.19:

大相撲が開催中だが、最近は横綱・大関がしょっちゅう休むので面白くない。若貴兄弟もボロボロで、強い横綱のイメージが台無しである。
彼等に限らず力士は怪我人が多い。おまけに本場所の間に地方巡業があるので、怪我を治して休養する間が十分に取れない。怪我人が多い根本原因は太りすぎである。同様の体格をしている柔道やラグビーの選手と比べると良い。曙や武蔵丸を見ればわかるように、ものすごい過負荷がかかるので一旦足を怪我をすると治癒するのが長引く。
相撲協会も最近になってやっと思い腰を上げ、対策に乗り出した。
体格的に見て、千代の富士(現九重親方)や寺尾くらいがいちばんバランスが取れていると思う。

1999.09.18:

昨日「わたしのこの日記は数十分で書き上げる」と書いたが、会社の業務用文書は超遅筆で有名である。いつまで経っても決裁用の書類を上げないので、怒られてばかりいる。(苦笑)
要するに「私が一生懸命頑張ったから仕事がうまくいきました」などという歯の浮いた言葉を使うのが極めて苦手なのだ。自分では別に大した事をやってるわけでもないし、やるべきことをやっただけ、というクールさが原因のようだ。だから出世にはとんと縁がない。(爆笑)

1999.09.17:

今日のヘルプデスクの掲示板にこんな質問が出ていた。
「当方個人用のパソコンを新機種に交換するに当たって、従来使っていたパソコンに保存されていたEメイルの受信メイルを新機種に一括コピーしたいがその方法を教えてください。」
プロのサポーターでもこの質問に即答できる人は皆無だろう。まず一番肝心なメールソフト名がない。
実は昨夜のTVで、このような質問をサポートセンターへE−Mailで寄越す問題について特集をやっていた。この問題はPCに限らず色んな製品に共通しているらしい。それで、結論的に言えば、こういうメールを書く人は日本語が下手だということだ。私自身も自信を持っているわけではないが、状況を説明する場合には最低でも機種、使用環境(ソフト)、現象、何をしたいかなど、箇条書きにして書くように努めている。
会社での業務用文章と違って、E−Mailにはそれなりのまとめかた、文章構成が必要なのだろう。まあ、慣れるしかないのだろうが。ちなみに、わたしのこの日記は数十分で書き上げるのだが、後で読んでいて、変な文章だと感じる事がままある。書き直しはしないが、反省と改善、これの繰り返ししかあるまい。

1999.09.16:

最近若い女性の顔がどれも同じに見えて仕方がなかったので、私の錯覚ではないかと思いじっくり観察していたら、根拠がないわけではないことがわかった。
つまり、眉を剃って描き直しているのだが、どれも外へ上がる「へ」の字にしているために同じに見えるのである。念のため理髪店の主人に確認したら間違いなかった。彼曰く「平安王朝絵巻に出てくる引き目描き眉と同じで、個性がなくなっている」との表現であった。
でも、何故そうするんだろう。眉毛というのはそれほど顔立ちに重要なものらしいが、そういう化粧(と呼ぶべきかどうかは不明)を好むというか、逆に強制されているのではないかと思うくらい多いのは何故なのか。高校生などはさすがに眉を描くことはしていないが、それでも眉の外側の下を削ってやはり「へ」の字になるよう工夫している。
顔の個性をつぶす事が流行というなら、そのうち服装も制服みたいになるのだろうか。

1999.09.15:

サポート業務報告
顧客(?)名:友人M
機種:FMV DESKPOWER S165、増設オプションなし
現象:内蔵FAXモデムが作動しない。MS ExchangeにてFAX送信するも通信エラーとなる
原因:パルスなのにトーンを選択、および「トーンを待ってダイヤル」のチェックをはずしていなかった(推定)。ドライバを入れ直したため確認できなかったが、送信パルス音がしなかったことよりほぼ間違いないと思われる。
某大手プロバイダにオンラインサインアップをしようとしたが、ソフトの期限切れを知らず、ヤケクソでリカバリCDによる再インストールをした。しかし、モデムの設定を失敗したのが事の発端。サインアップは雑誌付録を使用。
所要時間:2時間
サポート料:ビールを期待したが、なし(爆笑)
コメント:普段は真面目で性格もいい人物だが、ことPCになると設定の手間を面倒臭がる。「車で遠出するのに、運転を面倒臭がるアホがおるか」と釘を刺しておいた。

1999.09.14:

どうも外国人と付き合っていて感じる事だが、特に欧米の人間は「時差」という問題に鈍感な気がする。実はこんなことがあった。
ある仕事でアメリカの会社に来日を要請した。ところがいくら経っても返事が来ない。そこで月曜に来日してくれと言っていた前の週の木曜日の深夜(アメリカ東部時間の午前9時)に電話して話を聞いたら何もしていない。それで相手は下請けであるフランスの会社(本来はここの人間が来るはずだった)に連絡すると言って、1時間後に「連絡が取れない」とメールを寄越した。そりゃそうだ、アメリカの午前9時はフランスでは午後5時でもう殆ど帰宅してるはずだ。
そこで仕方がないので、翌日(金曜日)そのフランスの会社の日本法人にこちらから電話をして「何とか月曜に来るよう手配をしてくれ」と頼んだ。そして午後5時(フランスの午前9時)に電話を入れてくれたのだが、残念ながら人繰りがつかない。私は諦めて午後7時に会社を出た。もちろんその前に、ヤケクソでアメリカの会社には「人を寄越さないなら何かトラブルがあっても全部お前らの責任じゃ!」とメールを打った。そして週が明けて月曜の朝・・・
出社するとFAXが置いてある。見ると、「日曜にそちらに人が行くからよろしく」と書いてある。それとともに電話が鳴り、その急遽派遣された人間から私に呼び出しがかかったのである。そして開口一番「大阪にいるけど、どこ行きゃいいの?
まったくの不意打ちである。私は慌ててあちこちに連絡を入れ、受け入れに走り回る事になった。
それにしても何が起こったか、最初はまったくわからなかった。それでFAXをもう一度良く見ると日付はアメリカの金曜午後2時、つまり日本時間の土曜午前4時になっていた!そんなもん、土曜日早朝の事務所に誰もいるわけがないやろ!(怒)
それと、金曜日のメールにはわざと自宅のメールアドレスを書き添えてあった。それすら見ずに平然とFAXをよこす無神経さには呆れるばかりである。おまけに派遣された人間は日本に来るのが初めてときたから開いた口が塞がらなかった。
こういう経験は少なからずある。いつぞやなんぞは、私が帰宅した後、深夜まで残業していた同僚がドイツからの電話があったとぼやいていたこともあった。
いやはや、こんな経験をしてるのは私だけかなあ???

1999.09.12:

唐突な話だが、ゴリラというのは平和主義者であると見た。
ゴリラは自分に危害を加えてこない限り、他の動物を見るとまず観察し、それから一緒に遊ぼうとする。それと、群れの外からの侵入者に対しても、直接相手に向かって威嚇せず、まずは回りながらドラミング(手で胸板を打ち音を出す行為)をする。何と控えめなことよ。体重200kg、握力500kgの巨漢からは想像もつかない。
では人間は?と問われても、答えは簡単には出ない。少なくとも有史以来は戦争の繰り返しが現実なのであるが、それ以前はどうだったかとなると、すこぶる怪しい。ただ、現在の考古学では他の集団との接触が殆どない時代は当然ながら争う必要がなかったとしているようだ。ただ、私は争う事が人間の本質だとは思わない。争いの元は「財産」だったり、「権益」だったりするからだ。しかし、何故「財産」とか「権益」などが人間の本質と結びつくのだろう。

1999.09.11:

噂によれば先週本当に社内で過労死が発生したという。痛ましい話だ。不景気のせいで自殺者が急増していることといい、生命に関わる話だけに深刻である。

1999.09.10:

NHKでトルコ地震のレポートをやっていたので少し紹介する。
マグニチュードは7.4と阪神大震災の7.2に比べて2倍のエネルギーである。しかし、実際の揺れは加速度が400ガルと800ガルで逆に小さい。日本での実験では、ゆっくりと大きく揺れるトルコ地震と家具が倒れるほどの激しい縦横の揺れを繰り返す阪神大震災との差がはっきり出た。
だが建物の破壊は明らかにトルコの方がひどい。特に「パンケーキ破壊」と呼ばれる床が折り重なる現象は日本ではまず見られなかった。原因は鉄筋の量が少ないこと、長方形の柱、中近東独特の穴明き煉瓦造りの壁(強度はまったくない)など、設計・施工に起因している。そこには都市への人口集中、手抜き工事、自治体の監視体制の甘さ、など開発途上国が抱える大きな問題が横たわっている。
トルコ政府や国民が地震で得た教訓はあまりに多い。
振り返って神戸では今も復興住宅の建設、再開発計画地区のビル建設が続いている。それにしても駅前の再開発はどれも判を押したように高層ビルが並ぶ異様な光景だ。なぜこうなったか。最大の理由は一定の基準を満たさないと国の補助金が出ないからである。我々は地震から多くの事を学んだ。しかしこの高層ビル群は本当に教訓を生かしたものなのだろうか。

1999.09.09:

会社での雑談:
「『派遣社員』の英訳はどうなるんやろ?」
「う〜ん、temporary employeeかな・・・」
「それやったら『臨時雇い』と同じやんか。でも他にないなあ」
「そら、欧米にはそんな概念も制度もないもん」
「確かにそうや。『過労死』とか、『単身赴任』とかないもんは訳しようがないわ」
「そやからJapanese Karoshiがそのまま新聞に出た事があるよ」
「古いのでは『ソーゴーショーシャ(総合商社)』ていうのがあったなあ」
「『日本の常識、世界の非常識』が多すぎるねん」
「ぎゃはは」

1999.09.08:

今日は帰りの電車の中で携帯電話を買ったばかりというオジサン(私より年上に見えた)が向かい側に座った。鞄の中から携帯とマニュアルを出して、色々チェックをしている。なかなかの勉強家である。
見ていて意外に思ったのは、マニュアルが結構分厚いことである。A5サイズで50ページ以上はあるように見えた。最近はPL法や、初心ユーザーに対する配慮からか、マニュアルは量が増える傾向にある。私の自宅のPCも8冊プラスいくつかの小冊子、おまけに初心者用ビデオまで付いていた。馬鹿馬鹿しいからビデオは見ずに捨てた。

1999.09.07:

人間の脳というのは便利でもあり、不便でもある。
発明・発見や芸術など、現実から一歩出て想像を働かせる力というものは素晴らしい。石器時代から最新の科学技術まで発達させたのは、人間の脳の持つ能力がそうさせたものに他ならない。
だが、一方で現実と乖離した想像をしてしまうと、とんでもないことが起こる。例えば病気がひどくなっても「自分は大丈夫、我慢していればそのうち・・・」と病院にも行かずにいたら、手遅れになっていた、ということもある。
同じ脳がなぜこうも違った作用をするのか。それは目の前にある事実を正しく捉えられるかどうかにあるのではないか。それには普段から物事を正しく認識する力を養う訓練をするしかないのだろう。
だが、我々凡人は残念ながら常に正しい認識をするという到達点にはなかなか達しない。だから努力するのだが。こういうところも人間の脳の便利でもあり不便なところでもあるらしい。

1999.09.06:

どうも新事務所と今までとはものすごいカルチャーギャップがあるようだ。それまでの転入組の仕事のやり方が異様に早かったのかも知れぬが、とにかく仕事のペースが違いすぎる。早い話、新幹線と陸蒸気の差といった表現が適切なくらいだ。試しに比較表を作ってみた。

  現在 今迄
図面焼付所要時間 24時間 4時間
工場内メール配布 1日1回 1日6回
コーヒータイム 1日2回限定 限定なし
職場体操 始業5分前 始業から

都会から離れたところにあるため、世間に疎いところもあるだろうが、始末が悪いのはこんな調子のまま外に向かっては大企業風を吹かせてふんぞり返っていることである。
それともう一つ、資材・請負関係のサーバーを使ったカスタムアプリで驚いた事がある。それは注文書で指定された納期の月に必ず検収しないといけないのである。うちの会社はは大量生産ではなく、一品生産なので工程上納期を早めたり遅らせたりは日常茶飯事である。それをプログラムで固定化したために、納期が遅れてしまった、あるいは納期を遅らせた場合は無理にでも検収して、支払いに回すという実に馬鹿馬鹿しい仕事に毎月走り回っているのである。我々転入組は以前から使っていた設計から調達までの一貫システムを強引に持ち込んだのだが、その方が正解だった。同じ工場内で2つのシステムが動く事は情シスあたりから反対されていたのだが、嗅覚の鋭い連中がこちらの方が優れていると読んで無理矢理押し切ったのが幸いした。
とにかく転入組は「仕事にならん」とブーイングの嵐である。ある程度の悶着は予想していたが、これからいろんな所で衝突するだろう。10年以上も外から刺激を受けた事がないために、「何で?」「それがどうした」を連発しないと目が覚めない人達のようだ。

1999.09.04:

最近の携帯電話の増加には驚くばかりである。ポケベル会社を倒産させるまでになったし、ついには固定式の台数を抜いたそうだ。
先日も電車の中で孫を連れたオバアチャンが待ち合わせの駅を乗り過ごしたらしく、携帯で「今XX駅やねん、ちょっと待っててな〜」と連絡をしていた。確かにこんな時はすこぶる便利である。だが、反面日本ではファッション化したような傾向もなくはない。昨年私がパリに行った時は、それほど携帯電話を見なかった。それと日本の若者独特のコミュニケーションの取り方があるのかも知れぬが、その差が何なのかは分からない。
それにしても新幹線の中の携帯ラッシュは異様に見えて仕方がない。デッキで話すようにはなったが、電話連絡の多さは相変わらずである。移動中とか食事中、夜間などにまで電話するのはどうかと思う。やはり人間には最低限の休息とプライベートな時間が必要なのではないか。

1999.09.03:

新しい事務所に通い始めて1週間、まだ体も頭もやや緊張気味で慣れるところまでは行っていない。
現時点で一番閉口しているのが室温。昨日は曇りだったので27℃だったが、連日28〜29℃では仕事をやる気がなくなる。管理職からはエアコンを増設する申請を出したらしい。
ところで仕事で気付いたのだが、以前の部署と比べこのペーパーレスの時代にやたら紙とハンコが多い。おまけに始末が悪いのは「決められたルール」に何の疑問も持ったことがないことである。極端な話だが、ある種のレポートは毎日出力していちいちデータのチェック結果を情シスに報告している。こちらが「そんな面倒くさい事は今までやったことがないし、何の意味があってやってるの?」と疑問を呈すると、信じられないという顔をする。とにかく保守的、官僚的な臭いが強い。

さて、事務所最寄りのJRの駅で気付いたのだが、キオスクが午後6時で閉店する。少なくとも7時ごろまでは結構乗降客が多いのに何故こんなに早く閉めるのだろう。ちょっとした謎である。

1999.09.02:

個人の自由と責任・7
ちょっと脇道にそれて「個人の不自由と無責任」に関する話を。
「職場サポーターのつぶやき」で書いた、アホタレ元上司にはまさに「不自由と無責任」という表現がふさわしい。彼の言動・行動をつぶさに観察し分析した結果、こういう結論に達した。「事大主義と自己保身に徹する小心者」。それで、このことを周囲の人達に確認したら皆同意した。具体的に言うとこうである。
まず、他人対する態度が同等あるいは上の役職の場合と下の場合でころっと変わる。前者の場合はひたすら相手の機嫌を損ねないように気配りする。もし批判されそうになったら、火消しに走ると同時に、下の人間に責任を押し付けるのである。「お前のせいで顔を潰された!」と大声で怒鳴るだけでなく、以前は机を叩く、蹴るもあった。さすがにこんなことをしても誰も従わないので少しは大人しくなったが、責任転嫁の傾向は今も同じである。
考えればこういう思考はすこぶる便利であるが、反面ズボラで不自由と言えるのではないか。つまり自分の保身に役立つかそうでないかという二者択一だけなのだから深く考える必要がない。しかしそれは自由な発想と行動をする人間であることをやめるに等しい。
それと、彼はひたすら会社に土下座し、這いつくばって「生き残り」をはかろうとする。なおかつその考え方を下の人間に押し付けようとするのである。「生き残りたかったら黙って会社の言う事を聞け」「社長になったつもりで死ぬ気で働け」が彼の口癖である。一度、イタリア人の前だったと思うが、私に対して「彼は自分の独立性を保とうとする」と批判めいた事を言った。相手は何も言わなかったが、アホタレは多分馬鹿にされるはずだ。
それにしてもこのような依存的考え方には、自己責任という自覚は全くない。その典型は戦前の軍隊に見られる。軍幹部には天皇に対する責任感はあっても兵隊、ましてや国民を守るという意識は微塵もなかった。例えばインパール作戦などは天皇に対するスタンドプレーで戦線を無理に伸ばし、結局多数の将兵の命を無駄にした。しかし、それを推進した幹部は責任を問われる事なく、軍内部でうやむやにされたのである。

風の便りによれば、私も含めて数人が職場を去った後、彼が率いる職場は笑い声も少なくなり一層暗くなったという。彼がどの程度自覚しているかは知らないが、部下を意気消沈させた組織の長としての責任は彼自身に取って貰わねばなるまい。そうでなければ彼の下にいる人達が人間らしさを取り戻すことはできない。

1999.09.01:

駅での出来事。
電車から降りた乗客が階段に集中した時、女子高生数人が階段の上り口で固まっておしゃべりをしていた。当然邪魔になり、そこに渋滞ができた。ところが彼女らはよけるそぶりすらないのでちょっとした混乱になった。その時である。一人のオバチャンがこう叫んだ。「あんたら、階段で止まってたら邪魔やないの!」。こういうときのオバチャンには迫力がある。
女子高生のおしゃべりパワーはつとに有名だが、最たるものとしてJRのダイヤを変えたという例がある。所は阪和線の鳳駅。駅のアナウンスを繰り返しても馬耳東風、おしゃべりしながらダラダラ降りるので常にダイヤが遅れる。JRもついに諦めて駅の停車時間を延ばしたそうな。