シベリア横断9300キロ <3.シベリア編> −5日目−

 チタ(Чита)は寝ている間、深夜に通過した。またも夜明け前に目覚める。しかし時計を見ると空が白み始めてもおかしくない6時。考えると次の駅からまたタイムゾーンがひとつずれるせいで、時計を5時に合わせる。もう数時間でウラン・ウデ(Улн−Удэ)に到着しするはずだ。ウラジオストックを出てから4日目、今日はバイカル湖が見える予定。しかし昨夜は小雨が降ったらしく、線路が濡れているし、空は霧がかかっていた。

 今朝もまた食堂車は閉店。一体どうなっているのかと思う。食堂車が朝は開かないという事前情報は得ておらず、今回乗った列車がたまたまそうだったのかということすらわかっていない。
 ウラン・ウデでパンなどを仕入れる。

突如としてバイカル湖が現れる 湖畔の線路は目的不明
少しづつ雲が切れてくる
 ウラン・ウデを出てからしばらく車窓から見える低い雲を眺めていたら、10時半頃突如としてバイカル湖が線路のすぐそばに現れた。曇っているので最初は暗い感じしかなかったが、次第に雲が切れてきて、透明な水面が見えてくるようになった。さすがに美しい。
 湖岸は砂と石ころが混じったもので、ちょっと泳ぎにくい場所に思えた。それに8月も終わりの時期だから、もう冷たくて泳げないだろう。実際、誰一人として海岸で泳いだり遊んだりしている人は見かけなかった。
 湖岸を眺めていてふと気付いたのが荒れたままのレールがずっと湖岸に沿って敷いてあること。線路の先は駅と繋がっていた。一体何の目的なのか不明だが、ちょっと景色にそぐわない。
 バイカル湖を眺めていたら少し腸が動き出したので、トイレに行って湖への「置き土産」を落とした。するとこれを聞いた息子が「僕も土産を落として来よう」とトイレに入っていった。何ちゅう親子じゃ。

 バイカル湖畔を走り続けた列車はスリュジャンカ(Слюдянка)という駅に着く。着くと同時にデッキにはバイカル湖で獲れる名産の「オームリ」という魚の燻製を売る売り子達がドッと押し寄せた。「おかみさん」車掌が何匹か買っていた。味が不明なので私は買う気がしなかった。

スリュジャンカでの「オームリ」売り達
バイカル湖を後にする直前の最後の風景
 このスリュジャンカでは 交流から直流への機関車の入れ替えが行なわれると聞いていたが、そのような様子はなく、列車は定刻どおり出発した。その後線路を見ていたら、交流区間特有の「ブースター」と呼ばれる小さな変圧器らしきものが電柱に取り付けてあるのを見つけた。機関車はそのままだから、交直両用機関車ではなく、やはり電源側を交流に切り替える工事を行なったと考えてよかろう。

 話は変わるが、2人の車掌の内、「オカミサン」はよく走り回っていたが、「パツキン」はバスローブみたいなのを羽織って、何となくだるそうな顔をしていた。まあ6泊7日、それも夜間にも列車が停車するのでドアの開閉や検札など忙しいに違いない。だから交代で休むのだろう。だが目立つのは「おかみさん」の姿ばかりだった。

 スリュジャンカを出てしばらくすると上り坂になった。山腹を這うように列車は進み、トンネルを抜けたりして次第に高度を上げていく。バイカル湖はやがて眼下に遠く映るようになった。右の写真は、やがて山の中へ列車が入っていく直前の最後の風景である。
 バイカル湖が見えなくなって、イルクーツクに到着する前、またぞろ列車が1時間近く止まってしまう。再び線路の入れ替え工事による単線運転だ。日本だったら乗客からクレームが出るだろうし、だいいち列車が走っている時間に線路の入れ替えなどは絶対にやらない。そのあたりの常識が根底から違う。ここはやはりロシアだ。

 今日の沿線風景は今までとちょっと違う印象だ。
 バイカル湖を見たこともあるが、ウラン・ウデを出たあたりから人手の加わった土地が増え、線路から見える車の姿もチラホラしてきた。地図を見ると確かに森林地帯から耕作地へと抜けていく感じが掴めた。

 夕方になり、ここ数日食欲があまり出ないので避けていたが、息子と食堂車に行くことにした。折角ロシアまで来たのだから少しはましな食事をしておこうという考えである。味に期待できないことは承知の上、それでも一度は試したかった。
 食堂車で会話の本を広げ、指差すと同時に片言ロシア語を駆使してウェイトレスに説明した。サラダ2つ、私は魚で、息子はビーフストロガノフということで、彼女はさも判ったようにうなずいた。ところがである。ビーフストロガノフがいつまでたっても来ない。おまけに請求書は300RUBもしないのでおかしいと思い、彼女に催促の仕草をしたら、しばらくして「ストロガノフ、ニエット(ノーの意味)。スペシャル」とかいう言葉を口にして、シーフードサラダみたいなものを息子の前に置いた。おまけに請求書はレジの機械で印字されたものに手書きを加えて、合計323RUBにしてあった。これには唖然としたのである。
 しかし一応「食い物」は持ってきたので、息子は憮然としながらもそれを少しだけ食べた。納得はしかねたが、ビーフストロガノフはできないものと信じるしかなく、その場を去った。そして彼女はなおも、ドサクサに紛れて釣銭を7RUBちょろまかすことも付け加えた。

 これが明日のとんでもない出来事への、一つの伏線になる。

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